清酒

清酒の美容成分~エチルα-D-グルコシドとは~

目次

introduction

 清酒の一般的な成分としてエチルα-D-グルコシド(α-EG)というものがある。この物質は美容効果があることが示されており、化粧品原料として注目されている。

 清酒に関連した美容成分として、コウジ酸がある。こちらは”杜氏の手がきれいである”ということから見出された成分であるが、清酒中には存在しない。一方でα-EGは清酒中に普遍的に存在する成分であり、水、エタノール、グルコースに次ぐ含有量を誇る成分であるとされている。ちなみに、α-EGは清酒を常飲する人の尿にだけ検出される物質があるという発見から清酒中に存在することが明らかになった経緯がある。

 本稿ではα-EGの概要と日本人の美容と清酒の関わりについて紹介していく。

エチルα-D-グルコシド(α-EG)とは?

・構造と概要

 α-EGはグルコースとエタノールが結合した構造をしている。

 配糖体と呼ばれる物質群であり、清酒特有の成分である。糖転移という反応で生成する物質であり、この反応はアミラーゼなどの加水分解酵素によって触媒される。清酒では麹菌の酵素によって触媒される。

 ちなみに、合成清酒にα-EGがどれだけ含まれているのかという調査が行われている。この調査では米麹を使わない合成清酒にはα-EGが含まれないことが明らかになっている。この結果は米麹に「糖化」、「栄養の提供」以外に「糖転移産物の生成」という役割があることを示唆する結果である。さらに、この「糖転移産物の生成」というのが日本酒らしさを生み出している可能性があるというのだから面白い。

・余談α-EGの発見

 introductionでも触れたが、α-EGが清酒に含まれていることが明らかになったきっかけは清酒を常飲する人の尿にだけ検出される物質があるという発見である。

 東京大学薬学部の今成と田村らは人の尿の成分について研究していた。その過程で、他の人には検出されない未知の糖のようなものがあるということに気が付いたらしい。そして、その道の成分が検出される人の共通点を探ったところ、清酒を常飲していたということだそうだ。そして、この成分の出所は清酒であると明らかにした。その後、マウスを使用した実験により、α-EGは分解されにくく、尿とともに排出されていることが明らかになった。これは味があるが吸収されない(カロリーが低い)物質であるということである。

・特性

 α-EGは即効性の甘未と遅効性の苦みを呈する物質であり、その独特の呈味性から食品添加物としても注目されている成分である。甘味を呈する物質であるが、血糖値の上昇、インスリンの分泌に関与しないなど、健康効果にも注目されている。

 美容効果としては肌の保湿効果が知られている。例えば、マウスの皮膚に、α-EGを塗布したところ、角質細胞の脂質含有量が増えたことが示されている。角質細胞の脂質成分は外部からの異物の侵入や水分を維持する働きをしており、結果的に美容効果をもたらしている。

 人間の皮膚に対する実験も行われている。若者6人(男女3人づつ、平均年齢22歳)を対象とした実験では、α-EGを多く含んだ清酒を肌に塗布したところ、超純水を塗布した場合と比較して優位に水分量が増えたという実験結果がある。また、専門外であるため詳しく分からないが、肌の再生やコラーゲンの生成量に良い影響を与えることが明らかになっている。

清酒と美容・健康効果

 東北地方では、清酒は美容液として古くから使用されてきたそうである。民間伝承レベルではあるが、日本酒の美容効果、健康効果を評価したものが多く存在するそうである。酒風呂、酒粕風呂といったものもあれば、元中日ドラゴンズの谷沢選手が断裂したアキレス腱に清酒を湿布薬として患部に塗布し、翌年に首位打者を獲得するといった話まで実に多くのものがある。

 肌の保湿にのみに注目しても様々な物質の関与が重要である。今回紹介したα-EGだけでなく、アミノ酸やグリセロールといった保湿成分が含まれている。また、美白成分として、残念ながらコウジ酸は含まれてはいないが、ビタミンEなどが含まれていることが明らかになっている。さらにはアトピー性皮膚炎を予防する成分が含まれているなど様々な効果が認められることが清酒の特徴である。

 ワインやビールで飲むことで健康効果が得られるという報告はいくつか聞いたことがあるが、塗ることで健康効果が得られるアルコール飲料というのは清酒の大きな特徴であると考えている。これには麹菌が関わっている部分が大きいと思われる。アトピー性皮膚炎の予防効果については、麹菌を利用する発酵食品である醤油にも認められており、麹菌と健康・美容効果に関する研究は盛んにおこなわれている。

 今後も清酒の美容効果、健康効果の解明が進み、酒を飲む口実が増えていくと個人的には嬉しいと思っている。

参考文献

1)T. IMANARI and Z. TAMURA: Agric. Biol. Chem., 35, 321 (1971)

2)岡智, 日本醸造協会誌 , 72 (9) 631 – 635 (1977)

3)Mishima, Tomoyuki, et al.,: Nutrition 21, 525-529 (2005)

4)M. Nakahara et al.,: Bioscience, biotechnology, and biochemistry,  71, 427-434 (2007) 

5)坊垣,隆之ら, 日本醸造協会誌 , 133 (6) 336 – 345 (2018)

6)今安聰ら, 日本醸造協会誌 , 94 (4) 274 – 280 (1977)

7)藤本 大 三郎 著:「 ス キ ンケ ア の科 学」 講 談社,東京, 1992

ABOUT ME
Kana _発酵食品と微生物ch
学生の時は花酵母の研究に関わっていたこともあります。 一応修士号は取っていますが、今は研究はしていません。文字を書くことが好きで、ブログ、YouTubeで発信をチビチビしています。 youtube(毎週金曜日更新): https://www.youtube.com/channel/UCvhO8xU9VZFwfgjdtRpxlRA