麹菌

麹菌特有の抗菌成分?Yastcidin(イーストサイジン)について

 カビが作る抗菌性物質といったら何を思い浮かべるでしょうか。有名なものだとペニシリンがあります。これは青カビ作る抗菌性物質です。たしか麹菌もペニシリンを作ります。(今回の本題ではないのでしっかりとは調べていませんので鵜呑みにしないで下さい)

 抗菌性物質にも多くの種類がありますが、ある特定の菌種だけに効果がない物質をご存じでしょうか?今回はビール酵母やワイン酵母の生育は阻害するのに、清酒酵母だけには影響がない抗菌性物質、Yeastcidin(イーストサイジン)の紹介です。

 動画版も用意しています。このサイトで紹介している内容の一部を動画化していますのでご視聴、チャンネル登録していただけると幸いです。動画一覧はこちらから。

目次

Yeastcidinとは?

 Yeastcidinとは麹菌の作る抗菌性物質のことです。その概要は以下の通りになります。

 やはり特筆すべき特徴は清酒酵母には効果がないということです。ですが、ビール酵母やワイン酵母、産膜酵母など清酒製造における汚染菌とされる酵母の生育は阻害します。そして、現代の科学では正体を掴むことのできない謎の物質というのもロマンを感じます。ここまでくると物質というよりかは現象という方が正しい解釈だと思います。

 ただ、熱を加えても失活しないという特徴があり、タンパク質ではないと思われます。

Yeastcidinを作る菌種

 一言に麹菌と言っても、清酒、味噌・醤油用の黄麹菌、焼酎用の白麹菌、泡盛用の黒麹菌があります。これらのうち、Yeastcidinを作るのは黄麹菌だけです。ただ、白麹菌、黒麹菌も正体不明の抗菌性物質を作ることは報告されています。それがYeastcidinなのか、別の物質なのかはわかりません。

 黒麹菌は最近になって「黄色い胞子を作るようになった変異株が謎の抗菌性物質を作る」という内容の論文が発表されました。構造など、詳細な内容は不明です。ただ、Yeastcidin同様、熱を加えても失活しないなど、共通する特徴もあります。抗菌性の詳しい内容は下の表を参照してください。

 Yeastcidinと大きく違うのは清酒酵母の生育を阻害するということです。引用した論文で抗菌性の指標とされているのはMIC(Minimum Inhibitory Concentration:最小阻害濃度)です。後述しますが、Yeastcidinの清酒酵母に対するMICは1000以上です。これは明らかにYeastcidinとは異なる特徴です。今後の解明が楽しみな発見です。

Yeastcidinの抗菌性

 Yeastcidinが様々な酵母に対してどの程度生育を阻害するのかという実験がされています。以下の表に代表的な菌種に対するMICをまとめました。

 注目すべきは清酒酵母のMICが1000を超えているということです。つまり、効果がほとんどないということを意味しています。一方で、ビール酵母やワイン酵母は、100〜200と清酒酵母の10分の1以下の量のYeastcidinで生育が阻害されます。これらは同じSaccharomyces属に属しますが、効き方が違いすぎ、一体どのような機構が働いているのか謎すぎます。また、Pichia属、Candida属といった野生酵母、産膜酵母に対しては、一部の酵母以外は生育を阻害することが報告されています。

Yeastcidinを作る条件

 詳細を見れば見るほど謎が深まるYeastcidinですが、その生成条件も謎です。どのような培地でYeastcidinが生成されるのかについての研究があります。以下に、各培地ごとのYeastcidin生成の可否を示します。

 この表からも分かるように、ほとんどの培地でYeastcidinは作られません。唯一作られるのが、麹汁培地という培地です。これは米麹に水を加えて糖化させたもので、要するに甘酒です。この培地だけで作られるというのが興味深い現象で、麹菌の成分が何かしら影響しているのでしょうか。それとも麹菌の酵素が作る特殊なオリゴ糖が関係しているのでしょうか。全くわかりません。

 そして、Yeastcidinを作るためには長い時間がかかることも明らかになっています。以下の表は、培養何日目の時点でYeastcidinが作られるのかを調べた研究の結果です。

 この研究では、最低でも10日必要で、15〜20で抗菌性が最大になることが報告されています。この事実がなにを示しているかというと、清酒製造にはおそらく関与していないということです。通常、製麹は長くても2日です。米麹に抗菌作用があるのかの研究は見つかりませんでしたが、おそらくYeastcidinは作られていないと考えられます。

 というか、Yeastcidinが作られているのなら、わざわざ生酛で硝酸還元菌を生やして、次に乳酸菌を〜なんていう面倒くさい工程は不要です。初めから清酒酵母しか生育しないのだから酒母作りはもっと簡素になっていいはずです。

Yeastcidinが利用される研究

 Yeastcidinが利用される研究には以下のようなものがあります。

・花酵母

・清酒酵母の分類

 どちらもYeastcidinの清酒酵母以外の酵母がほとんど生育しないという特徴を利用しています。

 花酵母では花についている清酒酵母以外の酵母の生育を抑えるために使用されています。清酒酵母の分類についての研究では、清酒酵母の特徴としてYeastcidinへの耐性が上げられています。これらの研究については以下のリンクから詳細を見ていただければと思います。

個人的な感想

 イーストサイジンの研究は産業利用という観点からみると発展性が少し薄いかなーと思います。この研究が進むからといって何か清酒にインパクトを与えるかというとそんなこともないのではないかと思います。

 ですが、二次代謝という観点から見ると急に面白くなるのがこの研究なのかなぁと思います。二次代謝というのは生育上必要が無いけども起こる物質生産で、麹菌だと美白成分であるコウジ酸が二次代謝産物として有名です。この二次代謝には分生子を形成する遺伝子がカギになっていることがありますので、イーストサイジンもこの辺りを取っ掛かりに謎が解明されていけば面白くなっていくのかなぁと思っています。

参考文献

・穂坂賢, et al. 麹菌 (Aspergillus oryzae) の生産する抗菌性物質 (Yeastcidin) の精製と性質. 醗酵工学会誌, 1987, 65.3: p191-197.

・中田久保, et al. こうじ菌の生産する抗菌性物質に関する研究. 日本釀造協會雜誌, 1980, 75.9: 761-764.

・瀬戸口翔, et al. “焼酎醸造において発酵遅延を引き起こす黄変黒麹から見出された抗菌物質の抗菌効果.” (2020): 151-158.

・村上英也 “麹学” , 日本醸造協会(1986)

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Kana _発酵食品と微生物ch
学生の時は花酵母の研究に関わっていたこともあります。 一応修士号は取っていますが、今は研究はしていません。文字を書くことが好きで、ブログ、YouTubeで発信をチビチビしています。 youtube(毎週金曜日更新): https://www.youtube.com/channel/UCvhO8xU9VZFwfgjdtRpxlRA