清酒

発酵と酵母

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ゼロからはじめる発酵微生物学の第3回は、発酵と酵母の関係について説明していきます。

 内容としては酵母の用途・役割、生物学的分類、形態、発酵で使われる酵母について説明していきます。 

 シリーズ全体を通して、動画版も用意していますので、文字を読むのが苦手な方はこちらもご活用ください。

目次

introduction;そもそも酵母とは

 酵母とは何のかというのを簡単に、一言で説明するとアルコール発酵に使われる単細胞の微生物です。アルコール発酵とは糖をアルコール、つまりはお酒に変換する反応です。お酒によって使われる酵母の特徴が少しずつ違うので、学名ではなくお酒の名前を使って、清酒酵母、ワイン酵母、ビール酵母などと呼ばれています。

 このページでは、酵母の役割、生物学的な分類、形態・特徴について解説し、酵母とは何なのか、どのような使われ方をするのかについて解説します。また、日本酒に利用される清酒酵母は変わった特性を持っているので、その特殊性についても少し触れたいと思います。最終的には酵母と他の微生物がどう違うのかというのを説明できるようになってもらうことがこのページのゴールになります。

酵母の役割

 酵母の役割としては主に2つ、アルコール発酵と香気成分の生成です。

アルコール発酵

 先ほども触れましたが酵母の主な役割はアルコール発酵です。これは他の微生物では代替できない要素になります。

 ここで、アルコール発酵について少し説明をしたいと思います。アルコール発酵は糖をアルコールに変換する反応ですが、この糖は何でもいい、という訳ではありません。糖と一言にいっても、果物やお菓子に含まれる砂糖や果糖だけでなく、穀物に含まれるデンプンもあります。そのうち酵母がアルコールに変換できるのは砂糖や果糖のような糖だけです。

 なぜなら、これらの糖は比較的小さい糖で直接アルコールに変換できるのですが、穀物に含まれるデンプンのような糖は大きすぎ、一度分解しないとアルコールには変換できません。なので、一度カビや麦芽の酵素を使ってデンプンを分解してアルコール発酵に繋げるというのが基本的なアルコール発酵の流れです。デンプンを分解するためにはアミラーゼやグルコアミラーゼといった酵素が必要です。このような酵素は、カビが作るだけでなく、人間の唾液にも含まれていることで有名です。カビの役割については「第2回の発酵とカビ」のページで扱っています。

香気成分の生成

 酵母は高級アルコールやエステルと呼ばれる香気成分を作ることも特徴です。何の香りもないお米から、りんごやパイナップル、メロンのような香りも作り出せます。

 高級アルコールは外部のアミノ酸を取り込んで作られます。この時に働くのがエールリッヒ経路と呼ばれる反応経路で、グルコースと呼ばれる糖からアミノ酸を作る一連の反応の最後の部分が枝分かれした反応経路になります。また、エステルは脂肪酸生成経路から枝分かれした反応によって作られます。これらの生成経路や、物質については詳しく説明した2本の動画がありますので詳しく知りたい方はそちらのページをご覧いただければと思います。

酵母の生物学的分類

 今回は三界説をベースとした分類を紹介します。

 三界説ではまず動物、植物、原生生物に分けられ、酵母は原生生物に属します。原生生物はさらに高等生物と下等生物に分けられ、高等生物の中の菌類という分類にカビは属しています。高等生物というのはいわゆる真核生物、下等生物というのは原核生物と古細菌のことです。

 菌類はさらに粘菌類と真菌類に分けられ、真菌類に属している単細胞の生物が酵母と呼ばれます。

 真菌類はさらに藻菌、子のう菌、担子菌、不完全菌に分けられ、発酵で重要なサッカロマイセス属やジゴサッカロマイセス属といった酵母は子のう菌に属しています。この、子のう菌には麹菌をはじめとしたカビも属しています。カビと酵母では大きさも構造も全く違うのに同じ種類に分類されています。

 発酵においては有害菌とされている菌カンジダ属などの菌は不完全菌に属しています。不完全菌というのは有性生殖の方法がわからない、見つかっていない菌を一緒くたにしている分類で、生物として不完全というわけではありません。ちなみに、酵母ではありませんが、麹菌は有性生殖の機能が見つかっていません。また、担子菌にはきのこが属しています。

 余談ですが、近年の研究では初めて登場した菌類はカビのように多細胞で糸状の形態をしていたと考えられています。進化の過程でさまざまな菌類が誕生しましたが、一部の単細胞に戻ってしまった菌類がおり、それが酵母であるとのことです。

 普通に考えると単細胞の生物の方が多細胞の生物よりも単純な生物で、単細胞の生物が進化して多細胞の生物が生まれるのですが、酵母ではその逆、というのが面白いポイントです。

酵母の形態

 酵母の形態は主に球や卵型で、発酵に利用されているSaccharomyces cerevisiaeは、卵型をしています。また、ソーセージのような形や仮性菌糸と呼ばれる糸状に見える形態を取るものもいます。これは細胞がくっついたまま繋がっているため糸状に見えるだけで、生物としての機能は1つの細胞で完結しています。ソーセージ型の酵母にはポンベ酒と呼ばれるアフリカのビール造りに利用されるシゾサッカロマイセス属の酵母が属しています。そして、このSchizosaccharomycesの酵母は細胞分裂によって増えますが、ほとんどの酵母は出芽と呼ばれる少し変わった方法で増えます。

出芽と細胞分裂

 ここで細胞分裂と出芽の違いについて説明したいと思います。簡単にいうと、細胞分裂は1つの細胞が2つに別れる増え方で、出芽は元となる母細胞から、娘細胞が生えてくる増え方です。細胞分裂では、分裂直後の細胞は元の細胞の半分の大きさになってしまいますが、出芽では元の細胞と同程度の大きさになってから切り離されるという特徴があります。

 出芽で増えた細胞には出芽痕と呼ばれる痕が残ります。細胞全体にこの跡ができてしまうとこれ以上出芽できない状態となり、寿命を迎えます。また、出芽の場所はランダムで決まるわけではなく、対角線上に起こることが知られています。

 仮性菌糸と呼ばれる形態は出芽が一点から起きた際にみられる形態で、このスライドのように出芽を繰り返すことで糸状に見える形態になります。仮性菌糸という形態を取るのはもともとこのような形状を持つ酵母の他に、通常は糸状の形態を持たないものでも栄養源の少ない環境に置かれた際にこの形態をとるものもあります。

 例えば、Saccharomyces cerevisiaeでは通常は卵型ですが、栄養が少なくなると出芽の際に娘細胞が離れず、くっついたままになることで偽菌糸と呼ばれる形態をとることが知られています。これは糸状の形態をとり、先に先にと進出し、先端の細胞が栄養が豊富なところに届くようにしたいという状態になります。酵母は自分で動き回ることができないので生き残るためにこのような対策が必要になってきます。また、出芽は無性的な増殖で、全て大元のコピーなので、1細胞でも生き残れば子孫を残せるという意味では理にかなった栄養の探し方なのだと思います。

 余談ですが、出芽という増え方は酵母の他にカイメンやヒドラ、ホヤといった生物にみられる無性的な増え方です。

発酵で使われる酵母

 発酵ではSaccharomyces cerevisiaeZygosaccharomyces rouxiiSaccharomycopisis属、Schizosaccharomyces pombeといった菌種が活躍しています。

Saccharomyces cerevisiae

 Saccharomyces cerevisiaeは、清酒、ワイン、ビールといったお酒の他に、パン造りにも使われる発酵を代表する微生物です。発酵で酵母といったらSaccharomyces cerevisiaeといってまず間違いありません。この種はそれぞれの得意分野に特化したものが使われており、清酒には清酒用の、ワインにはワイン用のといったように、それぞれ専用の酵母が利用されています。

 話が逸れるのですが、、清酒酵母はSaccharomyces cerevisiaeに属していますが、実は違う種なのではないかという考えがあります。これは清酒酵母が他の酵母と明らかに違う性質を持つためです。違う性質というのをあげると、栄養要求性、つまりは生育するのに最低限必要な栄養が他のSaccharomyces cerevisiaeと比較して少ないこと、イーストサイジンと呼ばれる現象に耐性があること、清酒製造において高泡という現象を起こすこと、アルコールの生成能が高く、耐性も強いということなどが挙げられています。そのため、学名はSaccharomyces cerevisiaeではなく、Saccharomyces sakeであるという考え方があります。興味のある方は、こちらのページを見ていただければと思います。

Zygosaccharomyces rouxii

 Zygosaccharomyces rouxiiは味噌・醤油の熟成に関わる酵母です。味噌・醤油は塩分濃度の高い環境ですので、普通の酵母は生きていくことができません。Zygosaccharomyces rouxiiは普通の酵母よりも耐塩性にすぐれた酵母で、味噌や醤油の熟成に適した酵母です。熟成中にはアルコールや香気成分を造り、風味の形成に大きく影響します。アルコールは揮発しやすく、揮発する際に香気成分と一緒に揮発するので、香りを感じるということに大きな影響を与えています。

 また、このZygosaccharomyces属という酵母はジャムやシロップの汚染酵母でもあります。食品によって有用菌にも、有害菌にもなるいい例だと思います。

Saccharomycopisis

 Saccharomycopisis属は通常の状態で糸状の形態をとる酵母です。酵母としては珍しく、アミラーゼやグルコアミラーゼの生成能が高い菌種です。その分、アルコール発酵を作る能力は低いのが特徴です。

 この酵母は中国や東南アジアの酒造りにおける麹に利用される酵母になります。日本の麹と違い、中国、東南アジアの麹はカビだけでなく、酵母、細菌も関わる複雑な微生物叢を形成するのが特徴です。

Schizosaccharomyces pombe

 Schizosaccharomyces pombeは分裂酵母として紹介したシゾサッカロマイセス属に属する酵母です。サッカロマイセスセレビシエと比較してより大きな糖をアルコールに変換することができます。熱帯の樹液に多く存在し、35〜37℃でよく発酵する酵母です。ポンベ酒と呼ばれるアフリカのビール造りに利用されます。

その他の酵母

 このページでは有害菌については紹介しませんが、他にどのような酵母がいるのかはこちらのページをご覧いただければ幸いです。

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参考文献

・野白喜久男ら編:改訂醸造学, 講談社サイエンティフィック, 1993, p4, p13-17

・日本醸造協会:新・酵母の話①, 2020

・日本醸造協会:新・酵母の話③, 2020

・中里厚実, et al. 清酒酵母研究の歩み. 2016

ABOUT ME
Kana _発酵食品と微生物ch
学生の時は花酵母の研究に関わっていたこともあります。 一応修士号は取っていますが、今は研究はしていません。文字を書くことが好きで、ブログ、YouTubeで発信をチビチビしています。 youtube(毎週金曜日更新): https://www.youtube.com/channel/UCvhO8xU9VZFwfgjdtRpxlRA