発酵の基礎

発酵とカビ

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ゼロからはじめる発酵微生物学の第2回は、発酵とカビの関係について説明していきます。

 内容としてはカビの用途・役割、生物学的分類、形態について説明していきます。 

 シリーズ全体を通して、動画版も用意していますので、文字を読むのが苦手な方はこちらもご活用ください。

目次

introduction;そもそもカビとは

 カビとは何なのかと言うのを簡単に説明すると、糸状の菌糸と呼ばれる形をした非光合成菌です。糸状の構造から糸状菌とも呼ばれます。生育可能な温度は0~50℃程度で、増殖に適した温度は25〜30℃程度です。

 このページでは、カビの用途、生物学的な分類、形態について説明し、カビとは何なのか、どのような使われ方をするのかと言うのを説明できるようになってもらうことが目標になります。

カビの用途

 カビの用途を端的に言うと、発酵の土台を作ることです。日本酒を例にとると、日本酒のメインの反応は液化・糖化とアルコール発酵です。カビが担うのは液化・糖化の反応です。アルコール発酵は酵母が担います。

 米の主要成分であるデンプンはとても大きな物質なので、生物が直接利用することはできません。これは酵母が小さい生物だからというわけではなく、カビも人間も同じです。

 私たちは米やパンからデンプンを炭水化物として摂取しますが、デンプンを直接吸収しているわけではありません。唾液のアミラーゼでデンプンを小さく分解して、分解されたものを吸収しています。人間が唾液を出すようにカビは酵素を分泌してデンプンを小さく分解します。

 しかし、酵母はデンプンを小さくする機能を持っていないため、デンプンを利用することができません。したがって、カビの酵素を利用してデンプンを小さく分解するという工程が必要です。

 カビが作る代表的な酵素はデンプンを分解するアミラーゼやタンパク質を分解するプロテアーゼです。日本酒だと分解したいものが米のデンプンなのでアミラーゼが、味噌や醤油であれば分解する対象が大豆のタンパク質なのでプロテアーゼが重要になります。

 麹菌には炭水化物の代謝に関連する酵素だけでも400種類以上あると予想されており、とても多くの酵素が発酵に関わっていると考えられます。また、カビの果たす役割に重要なのはあくまでも酵素であり、カビそのものが生きている必要はありません。

 死んでいても酵素さえ確保できればいいと言うのが特徴です。実際、日本酒の仕込みでは蒸した米に麹菌を生やした米麹に水を加え、さらに蒸した米を追加で投入しますが、米麹に水を加えた時点で麹菌は死んでしまいます。麹菌が死ぬまでに作った酵素が実際の発酵には重要と言うことです。

 余談ですが、この考え方を忠実に再現したのが合成清酒です。合成清酒にはさまざまな作り方がありますが、麹菌を使わずに、人工的に大量生産したアミラーゼを添加して米デンプンを分解します。

 また、ビールではこのカビの役目は麦芽のアミラーゼが担います。ワインではこの工程が必要ありません。ワインの原料のぶどうはデンプンではなく果糖やグルコースで栄養を溜め込んでおり、酵母が直接利用できます。要は、デンプンを酵母が使えるようにするためにどのような手段を使うのか、というのに人類は四苦八苦してきたと言うのを感じていただけると思います。ちなみに、清酒の業界では1麹、2酛、3造りという格言があり、これは麹づくりが清酒製造で一番重要だと言うことを語っているものです。この液化・糖化と言うのは本質的に酒造りの出来を左右するものだと言うことを物語っています。

カビの生物学的な分類

 今回は三界説をベースとした分類方法を紹介します。

 三界説ではまず動物、植物、原生生物に分けられ、カビは原生生物に属します。原生生物はさらに高等生物と下等生物に分けられ、高等生物の中の菌類という分類にカビは属しています。この下等生物というのは原核生物のことで、大腸菌や乳酸菌、古細菌が属します。高等生物というのは真核生物のことです。

 菌類はさらに粘菌類と真菌類に別れ、真菌類に属している糸状の形態をもつ微生物の総称がカビです。

 真菌類はさらに藻菌、子のう菌、担子菌、不完全菌に分けられます。これらのうち、発酵に関係するのは藻菌、子のう菌に属するカビです。藻菌にはMucor属やRhizopus属が、子のう菌にはAspergillus属、Monascus属、Saccharomyces属が属しています。

 勉強している方ならピンときたかもしれませんが、Saccharomyces属は酵母が属する分類で、カビは属していません。カビと酵母では形態も大きさも全然違いますが、生物学的に分類するとカビと同じ括りになるというのは面白い事実だと思います。

 ちなみに、担子菌にはきのこが、不完全菌には有害菌とされるカビが多く属しています。藻菌や子のう菌に有害菌がない、というわけではありませんが、今回は取り上げません。

カビの形態

 カビの形態は大きく毛カビ型と麹菌型の2つに分けられます。そして毛カビ型にはMucor 属やRhizopus属が、麹菌型にはアルペルギルスやモナスカスといったカビが属しています。この分け方は私個人で分けたもので、教科書的な分け方ではありません。

毛カビ型

 こちらのコロニーはMucor Rouxiiと言うカビのコロニーです。ふわふわとした綿毛のようなコロニーを作るということが毛カビ型のカビの特徴です。

 主な菌種としてはこの写真にでているMucor rouxiiRhizopus javanicusAbsidia属のカビがいます。

 Mucor rouxiiは一般的に毛カビと呼ばれるカビで、曲と呼ばれる中国版の麹に使われます。曲を使った発酵食品としてはパイ中などがあります。この菌種はデンプンを分解する力、糖化力が高いだけでなく、アルコール発酵もできるカビです。

 Rhizopus javanicusはクモノスカビと呼ばれるカビです。ジャワ島のタペと呼ばれる発酵食品に利用されるカビです。タペにはラギーと呼ばれる麹のようなものが利用されており、それにこのカビが利用されています。また、アミロ法と呼ばれるアルコールを工業的に作る手法にも利用されています。

 最後にAbsidia属のカビですが、ユミケカビと呼ばれるカビです。韓国版の味噌・醤油であるテンジャン、カンジャンの種であるメジュに使われています。

麹菌型

 こちらのコロニーはAspergillus oryzaeというカビのコロニーです。麹菌型のカビは毛カビ型のカビと比較して地面に苔のように広がります。麹菌の近縁種など色鮮やかな分生子をつける種もいるので、その分生子の色で呼ばれるものもあります。主な菌種としてはコロニーの写真も出しているアスペルギルオリゼー、アスペルギルスアワモリ、モナスカスプァープレウスがあります。

Aspergillus oryzae

 Aspergillus oryzaeは日本の伝統的な発酵食品に利用されるカビです。日本酒、味噌、醤油を作る際の根幹をなす重要な微生物で、日本の国菌に指定されています。

 味噌・醤油の製造にはアミラーゼよりもプロテアーゼの活性が重要なため、Aspergillus sojaeAspergillus tamariiなどの菌が使われますが、基本的にはAspergillus oryzeaで問題なく作ることが可能です。黄色の分生子が特徴的で、黄麹菌と呼ばれることもあります。写真のコロニーでは分生子が緑から黄緑ですが、培地の種類を変えると分生子の色がはっきりとした黄色になります。

 ちなみに、アフラトキシンという世界最強の発がん性物質を作るAspergillus flavusと見た目が似ています。Aspergillus oryzeaはアフラトキシンを作らないことが明らかになっていますので、安心して発酵食品を食べていただければと思います。

Aspergillus awamori

 Aspergillus awamoriはその名前の通り泡盛に使われる麹菌で、分生子の色が黒いので黒麹菌と呼ばれます。Aspergillus oryzaeよりは糖化力は低いですが、クエン酸を多く作ることが特徴です。日本酒は本州の寒い冬に作られるため、雑菌汚染が起きにくいですが、泡盛は暖かい沖縄で作られるので雑菌汚染が起きやすい。ということで雑菌汚染を防ぐクエン酸をつくるというのは重要な特徴です。ちなみに、焼酎で使われる白麹菌アスペルギルスカワチは黒麹菌が変異して黒い分生子が白くなったものです。焼酎製造では黒い分生子は布や器具が汚れやすく避けられる傾向があったとのことですが、最近では白麹菌では出せない風味をつけるために黒麹菌が使われているとのことです。また、黒い分生子をつけ、クエン酸の生性能が高いということで、同じような特徴を持ち、クエン酸の工業的な生産に利用されているAspergillus nigerとは全く別の菌種とのことです。

Monascus purpureus

 Monascus purpureusは中国のアンチュウに使用されるカビです。特徴は菌糸が赤いということです。麹菌など一般的なカビの菌糸は透明で色がついていないですが、このカビは菌糸が紅色に色づいています。このようなカビを使用した麹を使用するのがアンチュウの特徴です。赤ワインが赤く色づくのは黒いぶどうを皮ごと発酵に使用しているのと同じように、赤い菌糸がそのまま発酵に持ち込まれるので赤く色づきます。このカビの近縁種は沖縄のとうふようにも利用されます。豆腐ようと言うのは大豆版のチーズのようなものです。

最後に

 以上でカビの紹介を終わりたいと思います。気づいた方もいるかもしれませんが、今回紹介したカビを使っている発酵商品は全てアジアの食品です。カビを使うというのが東洋の特徴です。一般的にカビといえば毒を出す有害菌ですので、それを躊躇なく使うというのは世界からみるとだいぶ異質ということを感じていただければこの動画作った意味があったのかなぁと思います。

参考文献

・野白喜久男ら編:改訂醸造学, 講談社サイエンティフィック, 1993, p2-10

・藤本滋生. “インドネシアにおけるキャッサバの利用形態.” 南海研紀要 3.2 (1983): 75-85.

・小泉武夫編:発酵食品学, 講談社, 2012, p182

ABOUT ME
Kana _発酵食品と微生物ch
学生の時は花酵母の研究に関わっていたこともあります。 一応修士号は取っていますが、今は研究はしていません。文字を書くことが好きで、ブログ、YouTubeで発信をチビチビしています。 youtube(毎週金曜日更新): https://www.youtube.com/channel/UCvhO8xU9VZFwfgjdtRpxlRA