味噌

「宇和島の麦みそ」は”みそ”じゃない?
みそと大豆の文化的背景

 このページでは、なぜみそに大豆を使うのか、日本に大豆を使った発酵食品が根付いた背景について紹介・解説しています。

 大豆をほとんど自給できていない日本でなぜ大豆の発酵食品が発達することになったのか、興味のある方、疑問がある方はぜひ最後までご視聴ください。

 同じ内容の動画をYouTubeにもアップしています。文字を読むのが苦手な方はこちらも参考にしてください。

目次

introduction

2022年10月29日、このようなニュースが報道されました。

読売新聞:伝統食材「麦みそ」、県が「みそ」の商品名は法律違反と指導…老舗メーカー困惑, (https://www.yomiuri.co.jp/economy/20221029-OYT1T50142/),2022.10.30閲覧

 内容としては愛媛県の宇和島で伝統的に作られている麦みそが「麦みそ」という表示を使えないというものです。

JAS規格、日本農林規格には「麦みそ」という項目がありますが、用件として、「みそのうち、大豆を蒸煮したものに、大麦又ははだか麦を蒸煮してこうじ菌を培養したもの(以下「麦こうじ」という。)を加えたものに食塩を混合したものをいう。」と定められています。

 しかし、宇和島の「麦みそ」は麦麹に食塩を加えたもので、大豆は入っていません。

 なので、JAS規格の定義からは外れており、優良誤認をさせる可能性があるというのがこの問題の論点として挙げられています。このJAS定義は「みそ=このような使われ方、食べ方がされる食品」という考え方ではなく、「みそというものは大豆を使った発酵食品である」という考え方からきていると個人的には思います。正直、今回のニュースを見るまでは大豆を使わないみそが存在することも知りませんでした。

 ここで疑問に思ったのは以下のようなことです。

 正直、現代人の私は大豆が日本の食べ物というイメージがありません。日本で使われる大豆の9割は外国からの輸入であり、なぜこの大豆を原料とした発酵食品が日本で根付いているのかピンときません。

 なので、今回は味噌で大豆が使われる歴史的、文化的背景について調べてきましたので紹介したいと思います。

みその歴史

 みその原型は醤と呼ばれる中国の調味料です。元々は120もの種類があったとされています。

 おそらくは現在の金山寺みそと近いものだと思います。一例としてはカイと呼ばれる醤は魚、鳥、獣などの肉をたたき、麹に混ぜ、塩を加え、酒に浸して100日間壺の中に密閉して作る肉醤という種類の醤です。

 日本にこの醤という調味料がいつ伝わったのかは定かではありませんが、701年に制定された大宝律令に醤院という醤を扱う部署が置かれていたことが記されているとのことです。もちろんこの頃の醤はまだ現在のみそとは異なる調味料です。

 ちなみに、みそは鑑真が伝えたという逸話もあるとのことですが、鑑真が来日したのは735年です。730年には醤や醤ににた調味料である未醤が租税として徴収されていた記録があることから、既に地域によっては庶民に広く普及していたと考えられています。未醤は味噌の語源としてほぼ確実視されている調味料です。

 そして、いつから今のようなみその形になったのか、というと、残念ながら全くわかっていません。みそという調味料は醤をルーツとすることはわかっているものの、ある時突然出てきた謎の調味料です。

 ただ、鎌倉時代には味噌汁が飲まれていたという記述があることから、鎌倉時代には現在の味噌の形になっていたと考えられます。

 ルーツである醤が廃れたのと違い、日本で新しい進化を遂げた調味料が味噌です。

日本と大豆の関係

 大豆の原産地は中国とされており、日本に伝わったのは約2000年前の弥生時代とされています。

 朝鮮半島を通じて入ってきたと考えられており、奈良時代に書かれた、日本最古の歴史書である古事記にも豆という文字が記されているとのことです。ですが、当時の豆は特別な食べ物であった様で、庶民には普及していなかったそうです。

 庶民に広く普及したのは室町時代です。この頃になると大豆の大量生産法が確立され、庶民にも広く普及しました。

 そして、仏教の広がりと共に肉の代用品としても広く普及する様にもなります。仏教では殺生が禁止なので、肉や魚を食べることができません。なので、タンパク質を取るために大豆が重宝されたとのことです。みそは保存食として重宝された他、お寺の運営費を稼ぐために販売されていた様です。

 この様な背景があり、大豆を使った味噌というものが日本に定着したと考えています。

 以上、仏教との関係、肉の代用品という大きな理由からみそ=大豆原料というのが定着した。というのが今回の結論になります。

普通のみそと宇和島の麦味噌は歴史的・文化的な背景が違うのでは?

 宇和島の麦みそは昔から麦栽培が盛んであったために、麦を保存するための発酵食品として”麦だけ”のみそが発展しました。仏教との関わりはわかりませんが、少なくとも肉の代用品にはならないと思います。

 なので、仏教との関係や、肉の代用品といった一般的なみその歴史的・文化的な背景を共有していないのではないかと思われます。みそという名前がついているみその様なものである。と、見るのが感情抜きの見解だと思います。どのくらい違うのかという例え話をすると、普通の麦味噌と宇和島の麦味噌はセブンとファミマくらいの違いはあると思います。

 ファミマが「セブン」とほとんど同じ品揃えで社会的な役割も同じなのだからセブンとなのれるのかというとそうではないですよね。それと同じで、大豆を使った味噌と同じように味噌汁にもおかずの味付けにも使えます。同じ役割を担えるのだから少し違っても

味噌を名乗ってもいいですかというとそうはならないわけです。そのようなことを言い始めるとスープに使えて、味付けにも使えるコンソメですら味噌を名乗れるようになってしまいます。ただ、宇和島の麦味噌は伝統的にその地域で食べられてきた食品ですので、その歴史をリスペクトして味噌と名乗れるような制度改正はあってもいいのではと思っています。

「宇和島の麦みそ」は優良誤認なのか

 

 結論をいうと、個人的には優良誤認になり得ると考えています。それは味噌に大豆由来の健康効果があるからです。

 原料の違いが明確に健康効果の違いに影響しているので、この健康効果を求める消費者にとっては大豆を使わない宇和島の麦味噌に味噌という表示を使うことは優良誤認になり得ると思います。

 大豆由来の健康効果としてはイソフラボンの抗発がん性が挙げられます。大豆で作られた味噌を食べる人は胃がんになりにくいということです。

 国立がんセンターを中心に行われた研究では、1日3杯以上味噌汁を飲む人では乳がんの発症率が減少したと報告されています。また、ラットでの研究では味噌を含み餌を与えたラットでは胃がんの発生率が低く、発生した胃がんも小さかったとの報告がされています。

 これらは麹菌による健康効果ではなく、味噌中のタンパク質やイソフラボンの効果だと推測されています。

 このようなイソフラボンに由来する効果は宇和島の麦味噌では期待できません。麦味噌という表示はこのような健康効果を期待させるかもしれないということで優良誤認になり得るのではないか、と考えています。

まとめ

参考文献

・読売新聞:伝統食材「麦みそ」、県が「みそ」の商品名は法律違反と指導…老舗メーカー困惑, (https://www.yomiuri.co.jp/economy/20221029-OYT1T50142/),2022.10.30閲覧

・ABEMA TIMES「大豆1粒だけ入れればいいと言われカチンときた」“宇和島麦みそ”が存続の危機に…3代目店主の想い(https://times.abema.tv/articles/-/10045958), 2022.10.30閲覧

・井伊商店:ふる里の味 手造り味噌(https://iimiso.com/), 2022.10.30閲覧

・渡邊敦光 :味噌大全, 東京堂出版, 2018, p18-40

・みそ健康づくり委員会:みそ文化誌, 全国味噌工業協同組合連合会, 2001, p19-38

・農林水産省:JAS0022 日本農林規格 みそ 2022年3月31日制定(https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/kikaku_itiran2-432.pdf)

・グリコ:大豆のお話 大豆の歴史(https://cp.glico.jp/story/daizu/history.html),2022.10.30閲覧

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Kana _発酵食品と微生物ch
学生の時は花酵母の研究に関わっていたこともあります。 一応修士号は取っていますが、今は研究はしていません。文字を書くことが好きで、ブログ、YouTubeで発信をチビチビしています。 youtube(毎週金曜日更新): https://www.youtube.com/channel/UCvhO8xU9VZFwfgjdtRpxlRA